弓祭り加寿神会場の床の間

菅島のみどころ

しろんご祭り

しろんご祭りとは伊勢志摩を代表する海女の祭りで、「しろんごさん」と呼ばれる島の守護神白髭大明神をお祀りし、大漁・豊漁と海上安全を祈願します。近年では新暦7月11日に近い土曜日に開催されています。

この祭りが行われる「白浜」は一年を通じて禁漁区で、この祭りの日のみ漁が許されます。ほら貝の合図で島の海女たちが一斉に磯に潜り、つがい(雌雄一対)の鮑を獲るために競い合います。最初に獲られたつがいの鮑が白髭神社に奉納されます。

ところで、この最初に獲られたつがいの鮑を「まねき鮑」と言い、獲った海女は一年間海女頭として崇められ、豊漁が約束されると伝えられています。

鳥羽市「無形民俗文化財」1971年(昭和46年)

農林水産省「美しい日本のむら景観コンテスト農林水産大臣賞」1993年(平成5年)

環境省「日本の音風景100選」1996年(平成8年)

国土交通省「島の宝100景」2009年(平成21年)

弓祭り(神事)

古例祭として古くから当町に伝わる大漁・豊漁を祈願するお祭りです。近年では新暦1月17日に近い土曜日に開催されています。

「弓子(ゆみこ)」と呼ばれる射手達が島の大漁を占い、的に向かって弓を放ちます。その佇まいは格式高く、所作も事細かに決められています。祭りの進行を促す「使い(つかい)」衆は、的に当てられない弓子を大声で囃したてながら祭りを盛り上げます。また、「だし」と呼ばれる三人の奉仕者による芝居、放たれた矢を回収し「ほめてください」とお願いする「矢取りの子」と呼ばれる幼児達など、見どころ満載の祭りです。

天王祭

7月14日は菅島三大例祭のうちの一つである天王祭です。近年ではしろんご祭りの一週間後に行われています。

この祭りは、鳥羽志摩の各地において斎行されている牛頭天皇をお祀りする祭典です。昔、村内に疫病が流行したとき、この御祭神をお祀りして病魔を退散せしめたことからこの祭典が執り行われるようになったと言われています。

この日は島中が日まち(仕事を休む)となり、夜は盛大な余興が行われます。

菅島灯台

菅島付近の海面は数多くの岩礁があり、古くから、船人を悩まし、いくつもの人命が海に消え、当時の船乗りは「鬼ヶ埼」と呼んで恐れていたそうです。

江戸幕府の成立以降いわゆる西回り航路が開発され、東北の米を江戸へ運ぶことになりました。しかし、菅島周辺の海では難破する船が続出したので、ここに「かがり火」を設けて目標としました。これが菅島灯台の成り立ちです。

その後、1866年(慶応2年)の江戸条約(通商航海条約)によって灯台を建造することになり、同時に「かがり火」はその役目を終えました。建造したのは、日本政府に招かれた英国人技師「リチャード=ヘンリー=ブラントン」で、完成させたのは1873年(明治6年)でした。7月8日の竣工式には、当時参議であった西郷隆盛以下多数の政府高官が列席したそうです。

1959年(昭和34年)に自動点灯スイッチが取り付けられて無人灯台となりましたが、それまで職員が駐在していた付属の職員官舎は、明治時代の貴重な資料として愛知県犬山市の博物館明治村へ移設されています。

菅島神社

慶神天皇を祭神とする菅島神社は、1973年(明治6年)に村社として定められました。明治40年12月5日には境内の八王子社・天王社・土の宮社を合祀して菅島神社と単称するようになりました。これにより、12月5日は合社日(ごうしゃび)と呼ばれ町内の三大祭の一つである合社祭(ごうしゃさい)が執り行われるようになりました。

なお、当日は町民全員仕ごとを休み(「日まち」と呼ぶ)、社殿へお参りするとともに、各組で祝宴を催しています。

冷泉寺

曹洞宗。寛永11年(1634年)に創立したと伝えられています。御本尊は三尊仏で真中に釈迦牟尼如来、右側に高祖承陽大師、左側に大祖常済大師をお祀りしています。所蔵する鰐口(仏閣の堂前に太い綱とともにつるしてある円形の大きな鈴)は三重県下最古のもので、1971年(昭和46年)に鳥羽市指定有形文化財として指定されています(一般公開はされていません)。

菅島にはもう一寺、元禄10年(1697年)に建立された真言宗の海福寺というお寺がありましたが、明治6年(1873年)に廃寺となりました。その後明治41年(1908年)に海福時の仏像・什物等を冷泉寺に引き継ぎ、大正5年に冷泉寺境内の阿弥陀堂に移転されました。また、祈祷行事等は元々海福時が行っていましたが、その行事も冷泉寺が引き継ぐことになりました。

紅つげ群生

毎年1月から2月にかけて、大山(おおやま)の山頂から南面に向けて、中腹を巻くように紅つげが山を真っ赤に染め上げます。

紅つげは高山植物のため、菅島の大山(237メートル)のような低い山で群生しているのはとても珍しく、この紅つげのレッドカーペットを見ようと、毎年多くの観光客が訪れます。

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